そう

そう

【人物】【講釈師】

そうは外町曖昧団地に暮らす達磨男。左腕を肩口から、両脚を膝下から
失っている。身の回りの世話をする少年を初め、訪れる者に奇異國に潜
【絡繰】を実しやかに解き明かす。

「或る友人の話をしよう。うそのような、ほんとうの話だ。」

そうが語るは嘘の反対。かと言えどもその言葉、唯の真実(まこと)に非ず。朱塗りの鉈豆キセルに一本きりの生白い腕で器用に種火をつけると、右頬まで裂かれた口からくゆらす煙と共に爛(ただ)れた歯茎(しけい)から漏れ出るは訪れる者が尤も望まぬ真相。そうはいつも多くを語らず、また物見高い供連れの聴衆も相手にはしない。重々しい語り口の昔話をたわ言と一笑に付するのは易しいが、妙に事実と符号する玄妙な語りに聞き手は怪にして異なる【奇譚】の内へと引きずり込まれる。

「そうだ、友人の話だとも。何もかもを失って、またとない知己を得た。」

香を焚き染めた四畳半の庵で彼が三人称として語る「友人の話」は、玄武を象った不細工な三脚香炉を挟んで差し向かう者に不可思議な既視感をもたらす。奇譚の内に翻弄される友人、それは四肢が健在五体満足であった頃のそうの姿であるとも、かつて彼の居室を訪れた惑(まど)いし者の影絵であるとも、耳を傾ける聞き手そのものを映し出す鏡であるとも。彼は朝晩に包帯を巻き替え、食餌の世話を焼く照にすら自身の過去を決して語りはしない。あるいは既に、語りつくした後(のち)なのかもしれない。

「知らなかったか?信じるというのは、騙されてもいい、と云うことだ。」

香炉に沈んだ小扇(こおうぎ)の印香が深紫(ふかむら)に変じる頃、不具者は唇の残る左の頬を皮肉げに歪めると語りの結びをこう締めくくる。ささくれた畳の上に、キセルの灰が持て余してぽとり。彼が引き攣れた顔で嘲笑(あざわら)うのはかつての己か、はたまた、信じる他に術(すべ)無き貴方のことか。












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最終更新:2012年10月30日 22:04
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