オープニング ◆yX/9K6uV4E



その日はいつもと変わらない日になるはずだった。
ロケバスに乗って、地方へミニライブを行う。
ちょっと大変な事ではあるけど、それでもファンの笑顔を見れることは楽しみであったから。
そんな、忙しくも充実した日になるはずだったのに。

ねぇ、どうして。


「……う……そ……なんで……なんで……死ななきゃならないのよぉ!?!?」


響く、絶叫。
錆びた鉄のような、血の臭い。
横たわる首のない、人の身体。

出来の悪いドラマみたいな舞台にも感じて。
けれどそれがどうしようもなく現実に感じてしまう自分が居て。
その中で、私達が存在していて。


まるで、醒めない悪夢の中、私達は踊らされていた。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「………………んん?」

少女重たい瞼を開けて、まず感じたのは酷い倦怠感だった。
身体が石の様に重い。まどろみが凄く気持ち悪い。
変な寝方でもしたのかなと上体を起こすと、何故か机の上に寝ていた。
可笑しいと思って辺りをキョロキョロと見渡すと、其処は真っ暗な学校の教室で。
同じように起きて戸惑っているアイドルや、未だに夢の中にいる仲間達が居た。


「………………どういうこと?」

確かロケバスに寝ていた筈だと、少女――渋谷凛は不思議に思うしかなくて。
何故、自分がこんな所に居るのか理解できなくて。
夢でも見てるのかと思うけど、そんなことは無くて。
イライラして自分の長い黒髪を強く梳いてしまう。

可笑しい、可笑しいのは言うまでも解かる。
でも何故こんな事になっているのが解からない。
解からない事が腹立たしくて、其処で凛はふと首に感じる違和感に気付く。

「チョーカー?……なんだろう、これ」

凛の細い首に巻きつけられた、シルバーの輝きを放つチョーカーみたいなもの。
少しきつめに巻き詰められており、少し息苦しい。
弱めに引っ張ってみるが、取れる気配は無かった。
触ってみた感じだとプラスチックかな、と凛は思う。
そしていよいよ解からなくなってきている。

何かのドッキリなのかなと思うけれども、それにしては気味が悪い。
真っ暗い教室で、椅子に座らせれて寝ていた。
何の冗談なのか、さっぱり解からないし笑えもしない。
センスが悪いってもんじゃない。悪趣味でしかない。
だから、凛は苛立って思いっきり机を蹴飛ばす。
けれど、何も変わる訳が無かった。
変わりはしなかったのだ。



「はいっ、皆さんそろそろ目覚めた頃だと思います。気分はいかがですか?」


そして、凛の苛立ちが頂点に達し始めた頃に、唐突にそれは始まった。
教壇にだけ明かりが灯り、其処に不釣合いの笑顔を浮かべる人が居た。
凛もよく知っている人物で、満面の笑顔がチャームポイントの女性。

(ちひろさん……なんで、そんな所に?)

千川ちひろ。
凛が所属するプロダクションの事務員の女性だった。
プロデューサーを影ながらサポートする役割の人であり、表立って行動する事はないはず。
それなのに、今は教壇に立って、視線を一身に集めている。
凛にとってこれだけでもう、異常と呼べる事態であった。
この異常事態に気付いてか、回りのアイドル達も何事かと騒ぎたて始めている。

「はい、皆元気そうですね。それじゃあ、今回のイベントについて説明しますねっ!」

ちひろは全体を見回して、一際大きな声で全体を静かにさせる。
ざわめきが徐々に無くなっていく中、凛は疑問を抱えたままだった。

(イベント?……なんで、プロデューサーじゃなくてちひろさんがやってるの?)

何かイベントに参加する時は、プロデューサーがいつも教えてくれたはずだ。
事務員であるちひろがアイドルに直接教えるなんて、今までは無かったしありえない事なのに。
今、平然と彼女は教壇に立って説明しようとしている。
もうどう考えても可笑しい。
凛がそう思った瞬間だった。


「とても簡単ですっ! 此処に居るアイドルみんなで、殺しあってもらいます!」


その言葉に、頭が真っ白になった。
絶句するしかなかった。
流石に冗談だろうとしか思えなかった。

「……え、冗談でしょ……それかドッキリよね?」

誰かが即座に否定する声を上げる。
そう、だって、可笑しすぎる。
ちひろさんはとても物騒な事を言ってるのに。
どうして、そんなに笑っているんだろう。笑っていられるんだろう。

「冗談でも嘘でもないですよー、本当に殺しあってもらいます。うーん、どうも信じてもらえないみたいですね……」

そんな事を言いながら、ちひろはしゅんとした表情をしてみせる。
元々感情豊かなちひろらしいのだが、この場にいたっては妙に不気味にしかうつらなくて。
凛はちひろの姿に狂気すら感じて、思わず身震いをしてしまう。

「そうですねぇ……まぁ、どうせ後で本当だという事を知るんだし……今は先に説明を終わらせちゃいましょう!」

ちひろは少し考えながらも、両手を合わせまた笑顔で話し始める。
凛はその様子を見ながら、彼女が話した言葉に引っ掛かりを覚えた。

(え……『どうせ後で』って……それって……?)

つまり、説明の後に何かがあるという事。
彼女が言った殺し合いが冗談でも嘘でもない真実だという事を知らしめる何かがあるのだ。
もはや嫌な予感しかしないが、それでも今はちひろの説明を耳を傾けなければいけない。
凛は不服そうに、それでも真っ直ぐ射抜くようにちひろを睨みつける。

「やってもらう事はとっても解かりやすいですよ。ここに居るアイドル全員で、たった一人になるまで殺しあうんです」

ね、簡単でしょう?と千川ちひろはいとも容易く言ってのけてしまう。
けれどそれは簡単でもなくて、ただ、ただ残虐で悲惨極まりないもので。
今、教室にいる人が、一人しか生き残れない事を示していて。
凛は愕然として、ちひろを見ることしか出来なった。

「どうやって殺すかは不問です。武器を使って殺してもよし。だまし討ちにしてもよし。漁夫の利を得るのもよし。
 もしくは一人になるまで逃げ回ってても、まあ構いません。ですが、それでは終わるのが遅くなるだけなので気をつけてくださいね」

つまり、それはどうあがいても、一人しか残す気がないという宣言。
アイドルだけで、一人になるまで散々殺しあえというのだ。
ちひろの言葉一つ一つに、凛の背筋が凍りついていく。

「開始時間は、0時から。制限時間は無制限です。けれども、二十四時間以内に誰も死なないと……全員死んじゃうようにするので、注意してくださいねー」

殺しあわなきゃ、何れ全員死ぬ。
ちひろに対する激情は薄れ、やがて恐怖が襲い掛かってきた。
怖い。ただただ、今の状況もちひろも何もかもが怖い。

「そして、貴方達には武器などの支給品が一つか二つ渡されます。
 銃や刃物……はたまた全然使えないものか。それは人それぞれなので、自分の運を信じてくださいっ!」

もはや、激情は見る影も無く。
心は恐怖に支配されながらも。
何故か冷静に、説明だけは頭に入っていた。

「それらは、食料とかと参加者名簿、地図、筆記用具、懐中電灯など一緒に、ディバックに入れておきますので、開始した後、確認してくださいね」

それは死にたくないという生存本能のせいなのだろうか。
人間が誰しも持つ本能ゆえなのだろうか。
そんなの凛には、解かる訳も無かった。

「最後にゲーム開始後6時間ごとに放送を流させて貰います。放送する内容については二つあります。
 一つは、その六時間内で死んだ人達を読み上げます。そしてもう一つは禁止エリアです。
 ある場所一箇所に篭られるとつまらないので、6時間以内に進入禁止にする場所を数箇所設けさせて貰いますね」

だから、凛は呆然しながらも、恐怖しながらも。
ゆっくりと説明を咀嚼し、そして理解していく。
ただ、自分自身が生きて行くために。

「さて、とりあえず説明はこのぐらいですね。皆さん、殺し合いできますか?」

ちひろの問いかけに、あちらこちらからできないという否定の声が飛びかう。
納得できないという怒り声も聞こえてくる。
それはそうだ、できないし納得できない。
凛も何か声をあげようとした時、

「ですよね。そんなの知ってます。貴方達は『アイドル』ですからね」

ちひろの底冷えするような声が聞こえて来たのだ。
凛はそんなちひろをみて、ゾクリとした嫌な感覚がして、口を紡ぐ。
明らかに今まで違うちひろの冷たい態度に戸惑い、嫌な予感しかしなかった。

「ファンの皆を笑顔にして、幸せにする『アイドル』が殺し合いなんて出来る訳がない」

プロダクションの裏方としてアイドルを見続けていたちひろ。
そんなちひろがアイドルの事を理解してない訳が無いのだ。
理解してるのに、それでも彼女は殺し合いを強制する。

「でも、だからこそ、『アイドル』の皆さんに殺しあってもらわないといけないんですよ」

その言葉は強い意志が篭った断言で。
ちひろはその言葉を告げながら、ポケットからなにやら機械を取り出した。

「さて、皆さんのポケットにも、この機械が入っていると思います。これで地図や時間が確認できますよ」

凛はちひろの言葉を聞いて、ポケットに手に入れる。
何か入っている感触がして、取り出すとそれはスマートフォンみたいなものだった。
画面に触れると、白の無地の壁紙しかなかった。
この後、時計や地図が表示されるのだろうかと凛は疑問に思っていると。

「ついでに此方から送信した映像や音も受信できるんですが……今試しに送ってみますね」

ちひろが画面を操作してると、凛が持っていた機械に映像を受信していますとのメッセージ入ってきた。
何が送られてきたのだろうかと不安と恐怖に襲われながら、凛は恐る恐る確認する。
すると、其処には信じられない映像が映っていて。

(プ、プロデューサー!?)

ちょっと頼り無さそうな大人の男性。
けれど凛が最も頼りにしている男性。

凛のプロデューサーが、椅子に縛り付けられている映像が映っていた。
手は縛られて、映像越しに見える表情でも冴えないようで。
凛の心を一気に恐怖に陥れるには充分すぎて。

「はい、貴方達のプロデューサーが映ってますねっ。貴方達を従わせるために……ちょっと預からさせてもらいました!」

その言葉で、凛は理解してしまう。
自分達が積極的に殺し合う理由や切欠なんて無い。
ならば、理由や切欠を作れば良いのだ。
そう、アイドル達が最も信頼している人物を人質に取れば良い。
最も簡単でシンプルな手段だ。

「今は何もしないですけど……貴方達が殺し合いをしないという反抗的な態度をとれば……言わなくても解かりますよね?」

むしろ、言って欲しくない。
凛には嫌な位予想できてしまった。
人質に取るという事は、命を握っているという事。
そしてそれを自由に出来るという事だ。

「だから、皆さんはやっぱり殺し合いをするしかないんです。皆さんが自分のプロデューサーを大切に思っているなら、です」

だから、私達は殺し合いをしないといけない。
そう、大切な人を護るならば。

「勿論、貴方達が殺し合いをしてくれるなら、そのままプロデューサーの皆さんは解放するので心配なくですっ」

アイドル同士で殺しあわないといけない。
最も人殺しから、遠い存在で無いといけないアイドル達同士で。

殺しあえといわれてしまった。

「…………できない!」

それでも、出来ないという声を上げたアイドルがいた。
凛の位置から姿は見えないが、否定の声を上げた人が。
凛も感じている恐怖から、立ち向かうように。
自分を振るいたてながら声を上げたアイドルがいた。

凛は、純粋に凄いなと思って。


「……まだ、そんなこと言ってるんですか……丁度一人、見せしめが欲しかったから、まあこの人でいいでしょう」


底冷えするような冷たく、突き放した声。
ちひろの張り付いたような笑みが失せ、表情がなくなっていた。
そして、凛は理解してしまう。
ちひろが言っていた『どうせ後で本当だと知る』という意味。
殺し合いが本気だと見せるために。

誰か生贄を出すというのだ。
恐らく否定の声を上げた、アイドルが。

死ぬというのだ。


「…………ああ、貴方じゃないですよ。折角の『アイドル』減らす訳にはいきませんから」


誰しもが、声を上げたアイドルが死ぬと思った時。
予想外にも、ちひろ自身からそれは否定される。
じゃあ、誰がという疑問が湧き出た瞬間、教室の扉が乱暴に開けられた。
そして、扉から押し込まれてきたのは手と足が縛られた一人の男性だった。

「はい。貴方のプロデューサーです。さっき言いましたよね? 反抗的な態度をしたら……と」

男の人は人質になっているプロデューサーで。
声を上げてしまったアイドルのプロデューサーで。
つまりアイドルの変わりに死んでしまう人だった。

「まあ、殺し合い中はあれぐらいの反抗で殺すかはまだ解かりませんけど、始まりで躓く訳にもいきませんから。最後の説明がてらです」

最後の説明という言葉と共に、ちひろは男の首を指差す。
其処には細いチョーカーのようなものが巻きつけられていて。

(あれ、それって私も…………)

凛も自身の首につけられた首輪に手を当てた時

「皆さんもお気づきでしょうが、貴方達と貴方達のプロデューサーに首に首輪をつけさせてもらいました。これはなんと爆弾がついています!」

そんな物騒な言葉が聞こえて、さっと手を離す。
こんな首輪に爆弾というのが信じられなかったが、もうそんなのばっかりだったから信じるしかない。
信じなければ、死ぬのは自分なのだから。

「人一人は簡単に殺せるので。これを爆発させるには、無理に引っ張ったりする以外にも、もう二つあります。
 一つは先ほど言った禁止エリアに入った時、警告に無視して居続けた場合爆破させます。
 そして、私達が、爆弾を操作した時……そう、つまり」

二つ目の条件を次げた瞬間、ピピピという電子音が教室に響いてくる。
何事かと思って、凛は辺りを見回し発生源を探す。
すると、鳴っていた場所は、蹲ってる男の首輪からで。

「今、試しに爆発させます。このプロデューサーさんの首輪をね」
「……っ!? やめて!!!」
「やめませんよ。これが始まりなんですから」

アイドルの悲痛な叫びが聞こえるが、ちひろは気にしない様子で平然としていた。
まるで、これから起こる事何もかも理解しているように。
凛は心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、ただ殺されるプロデューサーを見つめるしかなくて。

ピピピピピピピピ。

音が早くなっていく。
ああ、死んでしまうのか。
ここで、誰かが死んでしまう。
日常が、遠く感じてしまう。


ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ。


音がもう隙間無く響き続けて。
プロデューサーの男の人が、口を開いて、何かを告げた、瞬間。


ボンッ。


そんな余りにも軽い音が響いた。

けれど、それで、人が死んでいた。

大量の血を噴出させながら、首が無くなっていた。
むせ返る血の臭いが充満していた。


「……う……そ……なんで……なんで……死ななきゃならないのよぉ!?!?」


響く絶叫で、凛ははっとする。
人が死んだという事実を見せ付けられて、心が空っぽになりそうだった。
頭が真っ白になった。何もかも信じたくなかった。
でも、これが残酷なまでに現実でしかなかった。
ああ、死んだのだ。人が、死んだのだ。


「死ななきゃならなかったからですよ。それだけです」


ちひろは人が死んだというのに、やっぱり表情は変わってなくて。
死んでしまった男を見下ろすだけで。
そして、何の感情も見せなくて。


「貴方達も、貴方達のプロデューサーも、こうなりたくなかったら殺し合うしかないんですよ。やっと理解できました?」

未だに、納得はしたくない。
殺し合いなんて、したくない。
でも、理解はしてしまった。

この殺し合いは、本当の出来事なんだということを。
生きたかったら、プロデューサーを助けたいなら、アイドル同士で殺しあわないといけないことを。

渋谷凛は、理解してしまったのだ。


「それじゃあ、そろそろ開始しましょう! 皆さんのスタート地点は公正にランダムで決めさせてもらいます」

ちひろのその言葉と共に、凛に眠気が襲い掛かってくる。
色々な思いと感情が心の中で混ざって、酷く、気持ちが悪い。
納得も出来ないし、未だに信じられない事がある。


それでも、


「では、『アイドル』の皆さん。頑張ってくださいね。自分の為にも、プロデューサーの為にも……生き残ってみせなさい」



生き残らなくちゃ、生き残ってやる。



そんな思いは、確かに心に灯り続けていたのだった。



【????のプロデューサー 死亡】


【バトルロワイアル開始】
【残り60人】


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最終更新:2012年12月31日 18:41