「サッカー、してぇなぁ……」
5月初頭。
弁当をつつきながら明良はそう呟いた。
「ん……そういや高校入ってからあんまりしてねぇよな」
「だってさ、ほら。高校ってあんまりそんな感じじゃねぇもん。運動部ばっかグラウンド使いやがって」
はき捨てるように言い、グラウンドを見下ろす。
今も昼練か何か知らないが、野球部っぽい生徒が全面を陣取っている。
「……そういやぁ…………俺の話をしてもいいか」
「ああ。どうせまたフラれたんだろ」
唐突に話を変える。
俺はいつものように軽くあしらう。
「いやいや。そんなことはない……おーい睦月ちゃぁん!! 今日一緒にラブホぉをッ!!?」
「変態ッ!! アンタなんか死んじゃえ!! 女の敵!!」
「い、いだっ!? な、なにすぶへぁッ!! あ、愛を語るぉぶっ!!」
「もう、信じらんない!!」
散々物を投げられて額から血を流し、机に突っ伏す明良。
「お前、なんだかんだで結構身体張ったギャグやってくれんだな」
「ギャグじゃぁ、ないんだけどなぁ……うぅ……」
「で。何の話だよ。聞いてやるから感謝しろ」
「あ、ああ……そうだったそうだった」
その時の俺は、そんなことを耳にするとは思わなかった。
「こんな俺でもな、中学のとき一回だけ告られたことあるんだぜ……」
もう、それは、クラス中の話が途切れてこいつの方を向くほどに稀有な事態だった。
そりゃぁ、驚くよな。

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「あーあ、もったいない」
あたしは昼休み、ベランダからグラウンドを見るのが大好きだ。
見下ろすグラウンドからは、男子たちの声が聞こえる。
「おい、こっち!」だの、「パスしろよ!」だの、色々聞こえてくる。
ボールを蹴っ転がし、ぶつかり合う身体。
彼らはサッカーに夢中だ。
「ホント、もったいないの」
今日だけで何回その言葉を呟いただろうか。
……だって、本当にもったいないんだもの。
あたしはサッカーのルールなんて知らない。知ろうとも思わない。
君とその子がいるから見てるだけ。
「もう、あたしと替わればいいのに」
進藤アキラくん。
一度も同じクラスになったことはないが、気づくとあたしは彼を目で追っていた。
というよりは、一目惚れした。
志望校もアキラくんと一緒にした。ああ見えて彼は勉強も出来るらしい。
ますます興味が涌いてくる。
季節は晩秋。そろそろ雪が降ってもいい頃だというのに、肌寒い秋晴れの中、男子は元気に外で遊んでいる。
3年なのに受験勉強くらいしろよ、と心の中で思いつつ、あたしも人のことばかり言ってられない。
「もう、タカちゃん! 窓開けっぱなしにしないでよぉ!」
教室の中から、感高い声が聞こえた。
丸山紗織(まるやまさおり)。あたしの親友ということにでもしておこうか。
ちなみに、あたしは雪城貴美(ゆきしろたかみ)という。
「ん、ああ。ごめんごめん」
「タカちゃんだけにまた高みの見物?」
「寒風よりあんたの駄洒落の方が寒いっての」
「ひっどー!」
ぷんすか怒りながら紗織は窓を閉め、鍵をかけた。
「あ、ちょっとちょっと! 開けてってば!」
「べーっだ!」
「もう、いいわよ」
恐らく昼休みが終わるまで開けてもらえないだろうことは何となくわかっていた。
また、グラウンドに目を落す。
「おい、アキラ! 大丈夫かよ!」
アキラくんが負傷したようだ。
一人、二人彼を心配して駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫だっての!」
「そうか、ほれ」
手を差し伸べた彼は、雨宮聡介という。
彼も中学に来てからずっとアキラくんと同じ教室だったから、あたしは一回もクラスメイトになったことはない。
「あーあ……もったいない」
溜息に乗せて、同じ台詞を繰り返す。
「あたしが男であそこにいれば、アキラくんを虜にしてやるのに……」

最終更新:2013年03月18日 01:13