世界に一人だけのスピナー


「な~にが『彼女とキスをしながら僕はシャフィーボを決めた』だ!!」
持っていた本をパタリと閉じ机の上にアフロジャンプの要領で叩きつけた。
勿論跳ね上げさせるつもりはない。バンッという音が狭い自室に響き渡る。
本に巻かれていた"ペン回しをしている少年達に捧げる"という帯が目に入った。
「最悪の気分だ……こんな話があってたまるか、世界中のペン回し少年に謝れ。」
いや……世界にはいるのかもしれないな彼女とキスしながらシャフィーボをするようなキザな野郎が……。
最高のFSが撮れたと思って出したCVで落選し、何度もそのCVを見ている時の気分になりながら僕は右手で愛用のR.S.V.P.MXを回す。
ふと時計に目をやると23時を回っていた。
もう寝る時間だが、このまま落ち込んだ気分でベッドに入りたくはない。
鬱々とした気持ちをなんとか振り払う為にPCをつけ動画を再生する。
CVの名はJapEn。
毎年選りすぐりのメンバーが選出され、公開直後の盛り上がりはこの業界でも一番だと思われる、日本一のCVの一つ。
このJapEnに出演する事が多くのスピナーの目標になっていると思われる。それは僕も例外ではない。
今年のJapEnを見ながら僕は音楽に合わせてシャフィーボをする。
小指にペンが巻き付こうとした時、指に巻きつかずにペンが手から離れていき、コロリと地面に転がった。
――失敗。
本の中の主人公は女とキスをしながらシャフィーボを決めてるってのに、現実はこうだ。
結局この日は、自慢のFSの閲覧数が1のまま止まってしまった時と同じような気持ちでベッドに入ることになった。

「クソ……僕も彼女がほしい」
「何だお前……ペン回し以外頭にないのかと思ってたのに。そういう事にも興味があったのか」
どうやら声が出てしまっていたらしい。友人のAが話しかけてきた。
「あたりまえだろ?健全な男子高校生なんだぞ僕は」
「はははいつも教室の隅でペンを回してる奴が健全だとは知らなかった」
Aを無視して僕はペンを回し始めた。
「そ・れ・だ・よ。ペンを回してるから彼女ができねーんだよ、お前は」
「やっぱりペン回しって良くないイメージなのかな」
「ちょっと出来るぐらいならかっこいいかもしれんが……お前レベルになるときもいだけだな。イケメンならともかく」
「やっぱりそうか……。ペン回し、辞めようかな」
「無理だろ」
「無理だな」
「それにお前、日本一のビデオに出るのが夢とか言ってたじゃねえか、その夢はどうするんだよ」
「ペンを回さなければJapEnにはでられない……ペンを回せば彼女ができない……」
「そういう事。両立は諦めるんだな……」


「さてと……」
学校が終わり、家に帰ってきた。
家に帰ってもやることは宿題とペン回しぐらいだ。
「せめてJapEnに出るという夢だけでも叶えたいな。今日からもっと練習するか」
それが両立は不可能だと悟った、僕の結論だった。
専用の筆箱から愛ペンのR.S.V.P.MXを取り出した時、僕は異変に気づいた。
「印字が……消えてる」
感動の瞬間だった。
さっきまで悩んでいたことなど全て吹き飛び、晴れやかな気分になった。
僕は間違ってなかったのだ。今までやってきた事全てが誇らしく思えた。

自身のインサートを惜しみなく披露する愛ペンをじっくりと観察したあと、僕はペンを手に取り、回し始めた。
ゆったりとしたトルネードから始まり、優しく、時に激しく、緩急をつけながらコンボを決めていく。
かつて無いほどに美しく、完璧に技が決まっていく。
15秒程のアドリブのフリースタイル。だがそれは最高峰のCVをコマ送りで見ている時と同じように、とても永く、魅力的な時間だと感じた。
永遠のように感じられた時を超えて2軸に戻ってきたペンを手首を返した勢いで力強く巻きつける。
そのままお互いの感触を確かめるよう人差し指から小指まで順に巻きつけていく。
最後に今までで最高のシャフィーボを決め、僕は彼女にキスをした。
最終更新:2013年11月18日 03:11